シャロンの薔薇

聖書から学んだこと・日々の出来事・ハンドメイド

2026年 読書メモ 

      

 

 年頭に「今年は本を読もう」という目標を立てました。絵画サークルの

方々と本を回し読みするのが恒例となり、ややペースダウンの傾向は

見えるものの、その習慣が続いているのは嬉しい限りです。

 

 短時間ですが聖書を読むのを日課にしているので、長い時間を趣味の

読書に当てるのは難しく、年間目標を3040冊に掲げました。現在、8

時点で20冊。ペースが早いのか遅いのか分かりませんが、できるだけ

目標達成を目指したいと思っています。

 

 本のジャンルも作家もバラバラの、まるで一貫性のない読み散らかしと

いった乱読ではありますが、まったく違う傾向の本を読んでいて、情報が

どこかでピタッと符号した時などは「なるほど、なるほど」と一人、嬉しく

なっています。これも読書の醍醐味なのでしょうね。

 

 📖自分のための読書記録をブログに書くのもなんですが、励みにも

   なるので一応メモしておこうと思います。年末までまだ続きますが…。

 

 *1月 「鹿鳴館の貴婦人 大山捨松」(久野明子/中公文庫)

       「梅子と旅する」(Forest Books

 *2月 「画家の妻たち」(澤地久枝/文藝春秋刊)

       「合理的にあり得ない」上水流涼子の解明(結月裕子/講談社文庫)

       「花埋み」渡辺淳一(集英社版)

 *3月 「リセット」(垣谷美雨/双葉文庫)

       「検事の信義」(柚月裕子/角川文庫)

       「華族令嬢たちの大正・昭和」(吉川弘文館)

       「白蓮れんれん」(林 真理子/集英社文庫)

 *4月 「あなたのゼイ肉、落とします」(垣谷美雨/双葉文庫)

       「アンのゆりかご」(村岡恵理/新潮文庫)

 *5月 「ツナグ」(辻村深月/新潮文庫)

       「加賀乙彦 自伝」(加賀乙彦/集英社)

       「あなたの人生、片づけます」(垣谷美雨・双葉文庫)

 *6月 「百貨の魔法」(村山早紀・(株)ポプラ社)

       「風の男 白洲次郎」(青柳恵介・ 新潮社版) 

 *7月 「家にいるのが楽しくなる本」(中山庸子/新潮文庫)

       「これでもいいのだ」 (ジェーン・スー/中央公論新社)

 *8月 「きれいな色とことば」(おーなり由子/新潮文庫)

       「楽園のカンヴァス」(原田マハ・新潮社版)

 

 20册分の感想は書き切れないのでやめますが、特に面白かった本、

印象に残った本のタイトルだけピックアップしてみます。

 

「鹿鳴館の貴婦人 大山捨松」 「画家の妻たち」 「リセット」

「アンのゆりかご」 「ツナグ」 「華族令嬢たちの大正・昭和」

「加賀乙彦 自伝」 「楽園のカンヴァス」

 

 どれもユニークで面白かったのですが、こうして見ると自分の好みの傾向が

よく分かります。どんなジャンルの読み物であっても、きちんと史実が書かれて

いると賢くなったようで気分が上がります。

 あと残り4ヶ月。また面白そうな本をネットやBOOKOFFで探して、本好きの

お仲間と回覧したいと思います。

 ※写真:端紙を貼り合わせたデザインペーパーで作った文庫本カバー。

 

***今日のひと言***

 良書とは期待を持って開き、得るところあって閉じる書籍である。

                                         (オルコット)

雪室に咲く水芭蕉

 

 10年余り前の夏と言えば、恒例の夏の美術展に出品するために必死に

絵を描いていました。アドバイスをいただく先生のアトリエは長い坂の上にあり、

キャンバスを手にハァハァ言いながら汗だくで登って行った記憶がよみがえります。

 

 ぼやいていても仕方がないけれど、この夏の蒸し暑さにはげんなり。そう言えば

猛暑の夏に、涼を求めて描いた絵があったはずと、思い出してフォルダの中から

一枚の絵の写真を探し出しました。

 

 記録を見ると2012年の作品で、つけたタイトルは「雪室に咲く水芭蕉」だった

ような…。 夫が出張先で写してきた初夏の八幡平の写真にヒントを得て、絵に

起こしたものです。“かまくら”のような雪室の中でキャンドルが灯っているような

水芭蕉の花がとても涼やかで、この景色を描いてみようと閃いたのでした。

 

 水芭蕉の絵はF8号のキャンバスにアクリル絵の具で描いたものですが、最近は

ほとんどパステル画や色鉛筆画ばかり。絵筆を取ることが少なくなりました。

パステルや色鉛筆は準備もいらず、さっと描けるのがメリットですね。涼を呼ぶ

作品ではありませんが、先月、サークルで描いた花を手直ししてみました。かなり

デフォルメしていますが夏祭りの提灯のようにまん丸の花。アナベル? だいぶ

時間が経っているので元の姿が分からないため、勝手に提灯風の仕上げに(^o^;)

 

 近年、クーラー無しでは生きていけなくなった日常生活ですが、たまには

水芭蕉のように自然が作り出した雪室に入って暑さをしのいでみたいですね。

 

***今日のひと言***

  作為がなくなるとアートになる。

         (山崎拓巳『人生はピクニック』より)

 

鳩サブレーの紙袋でノートカバーを作る

 夫が趣味の会合で鎌倉に出かけ、お土産に鳩サブレーを買ってきて

くれました。言わずと知れた鳩サブレー。創業は明治時代末期という老舗、

豊島屋が製造・販売する神奈川の銘菓です。

 

 スパイシーな香辛料の入らないシンプルなバタークッキーは老若男女、

誰でも大好きなお菓子ですね。真っ黄色の地に可愛い真っ白な鳩が一羽。

噂によれば紙袋とは別に、様々なグッズも売り出されているとか。パッと目を

引く色とデザインが人気の秘密なのでしょう。 

 

 紙袋をよく見ると確かに可愛い!手元にあったら元気が出そうなデザイン

です。そうだ! ノートのカバーにしよう! さっそく紙袋をA5サイズの

ノートに合わせ、表と裏の中央に鳩が来るように2枚の紙を継ぎ貼りして

カバーに仕上げてみました。予想通りの出来栄えに満足、満足(*^^*) 

汚れ防止に透明カバーをかけて、さらに2割アップの仕上がりになったかな?

 

 ところで、皆さんは鳩サブレーに限らず鯛焼きとか、頭と尻尾のついた

お菓子はどこから食べますか? 私は必ず尻尾から食べるのですが、調査に

よれば(何の調査?)、鳩サブレーの場合、頭から食べる人が51.2%なのだ

そうです。2人に1人は頭から食べる派なんですね。なかなか面白い結果です。

そして豊島屋さんによれば、頭から食べると頭が良くなる。尻尾から食べると

足が早くなる。お腹から食べると、もりもり元気が出るという触れ込みも。

お菓子一つにしても話が盛り上がる要素があるのは、なかなか興味深いこと

ではあるなと思いました。

 

 世の中には変わらずにいて欲しいものと、変わってほしいものがあります。

ずっと贔屓にしていた銘菓が、いつの間にかサイズダウンしたり、流行りに

合わせバラエティー豊かに種類を増やしたりと、少し残念なことがあります。

この味で、このサイズ感でこそ、「これだ!」となるわけで、絶対に変えて

ほしくない、譲れないというものってあると思うのです。もちろん鳩サブレー

にしても、より美味しくするために吟味され、改良され続けてきたのでしょう。

でも、ほぼ期待を裏切らない安定の美味しさはお見事と言って良いのでは。

というわけで今回も大変美味しくいただきました。ごちそうさまでした(*^^*)

 

***今日のひと言***

共感は全世界の人間を親族にする。  (W.シェークスピア)

ジグソーパズルの最後の1ピース!

 

 

 久しぶりに1000ピースのジグソーパズルに挑戦しました。

昔は子どもたちが寝た後、夫と2人でよく取り組んでいたものです。

2000ピースの大きなパズルに挑戦していた時、終了寸前の時に

最後の1ピースが足りないことが判明。その時の徒労感たるや最たる

もので、結局、完成を見ずに壁に飾ることもなく消却の彼方へ‥。

うっかり紛失したのか、ピースが抜け落ちた粗悪品だったのかは

謎のままですが、ジグソーパズルに関する何とも苦い思い出です。

 

 中国の故事成語に「画竜点睛を欠く」ということばがあります。

時の皇帝武帝から「安楽寺の壁に竜の絵を描いてほしい」という命を

受け、張僧繇(ちょう・そうよう)という画家が素晴らしい竜の絵を描き

上げました。ところが彼はふと気づきます。何かが足りないと。

何が足りないか? はたと気づいた彼が竜に瞳を描き入れると、竜は

たちまち生きた竜となって天高く飛び立っていったという有名なお話。

 

 その故事の由来から「画竜点睛を欠く」とは、いちばん大切な最後の

部分が抜けていること、仕上がっていないさまを指し、物事には最も

重要な一点が欠かせないという意味で用いられるようになりました。

 まさに完成を見ることのなかった2000ピースのパズル。その経験の

振り返りから示されたのは、最後の仕上げは“心の目で見ること”だった

かもしれません。何にせよ、見える部分だけにではなく、気づかずに

いたこと心が及ぶ、そんな“心の目”を持ちたいものです。

 

「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、

神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてください

ますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、

神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐ

ものが どのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きに

よって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なもので

あるかを、あなたがたが知ることができますように。」

             (エペソ人への手紙1章17-19節)

 

***今日の一言***

 楽しまずして 何の人生ぞや  (吉川 英治)

 

炭酸水で疲労回復

  

 

 読売新聞7月10日のコラム「編集手帳」に興味深いことが書いて

ありました。なんでも筑波大大学院の学生さんと准教授のお二方が

発表した研究結果だそうで、どういう内容かというと…。

 

 強炭酸水が脳の神経を活性化させ、疲労感が軽減し、楽しいという感覚

まで生みだすというもの。eスポーツのゲームプレーヤー14人に協力を

求め、疲労度などを観察した結果、真水よりも強炭酸水を飲んだほうが

疲労感が少なく、シュワっとした刺激が神経活動を活性化する可能性が

あることが分かったようです。

 たしかに、長時間のパソコンワークやゲームで脳疲労を感じた時、

炭酸飲料は気分転換にもなるので、一理ある読み物ではありました。

ただ、シュワシュワした泡の喉越しは気分が爽快になるメリットが

ありますが、糖分の含有量を考えれば、量はほどほどにしたほうが

良さそうですね。

 

 子供の頃は両親、兄姉、祖父母が同居の8人家族でした。祖父母の

部屋の隅にはいつも木箱に入ったサイダーが置いてあり、よく飲ませて

もらったものです。兄や姉がどうだったかは覚えていませんが、母は

幼い私には厳しく、「サイダーはまだ早い」とピシャリ! ただ、孫に

甘い祖母がこっそりコップに注いでくれたのが懐かしい思い出です。

「サイダーを飲むと胸がスーッとする」と言って、喘息気味の祖父が

いつも咳を鎮めていたのを思い出します。

 

 三ツ矢サイダー、ラムネ、キリンレモン。昔は炭酸と言えばその3つ

くらいしかありませんでしたが、今は数え切れない種類の炭酸飲料が

スーパーやコンビニに並んでいます。さて、この猛暑です。久しぶりに

キンキンに冷えた美味しそうな炭酸飲料を探してみることにしましょうか。

 

***今日のひと言***

 お年寄りが言った。

「こんなに長生きすると知っていたら、もっと健康に気をつけるんだった」

              ~旧ユーゴスラビアの小咄~

               (千田 善著『オシムの伝言』より)

 

眠れない夜にも意味がある

   

 

 2008年開設の本ブログ「シャロンの薔薇」も今年で早18年。

気分まかせの緩いブログながら、よく続いていると自分でも驚いています。

2013年からは別ブログ「簓(ささら)」と並行して綴ってきましたが、

ブログ運営会社のサービス終了のため、2019年からは「はてなブログ」に

引っ越して、二つのブログを一本化し現在に至っています。

 

「シャロンの薔薇」では主に聖書から教えられたことを、「簓(ささら)」は

日々の出来事を中心に書き分けてきましたが、引っ越しの際、「簓(ささら)」を

閉鎖することにしました。ただ、日々の思い出や孫たちの成長記録は残したい

と思ったのでプリントアウトし、時々読み返しています。

 

 10年前はこんなことを考えていたのかと興味深く振り返ったり、忘却の

彼方にあった出来事を思い出したり、価値観の微妙な変化に驚いたり…。

ブログとは単なる日記+心模様の変遷を知る自分史なのかもしれませんね。

 

 さて、13年前の夏、私はかなり重症の不眠症に悩まされていたようで、

こんなことをつぶやいていました。

 

 寝つきがすこぶる悪い。2011年の春までは、いつでもどこでも、どんな

状況でも横になれば5分で眠りに落ちる私がなぜに? 考えられる理由の

一つとして、3.11の東日本大震災を経験したことが挙げられる。

 トンネル内に閉じ込められた新幹線での22時間の暗黒は、忘れたくても

忘れられない悪夢として心に深く刻まれている。その後に待ち受けていた

予想だにしない仙台での25日間の困窮生活。その時に体験した色々な

出来事がフラッシュバックして眠りを妨げるのだ。

 

 そうでした。あの頃は眠くなるという感覚が完全に身体から抜け落ちて

いました。眠り方を忘れてしまった。眠るってどんな感じだったのだろう?

そんな愚にもつかない疑問が頭の中を錯綜し、夜が白々と明けていったもの

です。でも、悩んでいても仕方ないと、開き直ったのが功を奏したようです。

 

 …眠れない夜にも、きっと意味があるはず。そう視点を変えたほうが良い。

眠れないことに焦ってイライラするのは勿体ない。それで、思い浮かぶ10人

ほどの人の幸せを、順番に祈ることにした。それでも眠くならない時は、難解で

諦めかけていた本を読む。夜が白むまでの間に、今まで解けなかった謎が氷解

するかもしれない。新しい発見や心温まる感動があるかもしれない。何かしらの

メリットがあるはずだ。だからもし、一睡もできなかったとしても良しとしよう。

そう考えると気が楽になった。不眠を忌まわしいものと考えず、せっかく与え

られた夜の静寂を有効に活用しよう。発想の転換、開き直りは大切だ。

 

 むりやりのこじつけにも聞こえますが、切羽詰まった状況に陥っても焦らず

視点を変えること。これが当時の私が出した結論だったようです。後になって、 

「よく頑張ったね」と自分を評価できる、そんな楽しさもブログを続ける醍醐味

なのかもしれません。しかし、18年も続けていれば話題も枯渇してきます。

これを機に、「簓(ささら)」にアップした記事から話題を探し、焼き直したり

して、よりブラッシュアップしたブログを綴っていけたらと思います。

 

***今日のひと言***

 夜が与える祝福の一つは、暗闇がなくては私たちの目には星が見えない。

 試練がなくては、神の尊い慰めを経験することはできない。

                  (ジョージ・ミューラー)

実り多き人生を

   


 かなり前のこと、わが家を開放して聖書を学ぶ家庭集会を持っていた

ことがあります。多い時には10人以上の参加者があり、狭いわが家では

ギュウギュウ詰めだったのも懐かしい思い出です。

 

 男性参加者の一人が、その日に学んだ聖書の箇所が大層心に響いたようで、

聖句をカードに書いて持ち歩きたいと言うので、さっそく名刺サイズの

カードに作り、ラミネートして差し上げました。長年、持ち歩いていたらしく

かなりヨレヨレになっているのを見て、新しく作り直してあげたものでした。

集会に参加していた別の男性から「私にも作ってください」と頼まれ、喜んで

作って差し上げたこともありました。今はお二人とも天に召されましたが、

その聖句のことば通り、実り多き人生を全うされたのだと思います。

 その聖句はガラテヤ人への手紙という書物に記されています。

 

 「…御霊(みたま)の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、

  柔和、自制です。」  (ガラテヤ人への手紙5章22~23節)

 

 御霊(みたま)とは三位一体の聖霊なる神さまのことです。神さまが私たちの

人生に介入してくださる時、私たちに愛、喜び、平安…といった実、つまり

心の内側から自然に湧いて出る良い実(性質)が与えられるというわけです。

 たとえば一本のぶどうの木があるとします。その枝は木の幹につながって

いなければ葉を茂らすこともできません。つながっているからこそ成長を促す

養分を吸収し実を結ぶことができるのです。イエスさまがおっしゃいました。

 

  わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、

  わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。

  わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。

                         (ヨハネ15章5節)

 

 もちろん、成長するために必要な努力は大切ですが、良い実を結ぶために、

木の幹である神さまにしっかりつながっていきたいと思います。

 ※写真は今日の朝に収穫した野菜。

 

***今日のひと言***

 人生は、ひとつの責任。人生を全うしなさい。(マザー・テレサ)

 

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