シャロンの薔薇

聖書から学んだこと・日々の出来事・ハンドメイド

レンテンローズ “私の心を慰めて”

 

仕事や用事がない日を除き、ほぼ1万歩のウォーキングを

日課にしている夫に比べ、ほとんど外へ出かけない私。

歳のせいもあるでしょうが、階段の上り降りが以前より

遅くなり、やや長い階段だと途中で一休みすることも

多くなりました。これはフレイルの兆し? 要注意です。

 

気分転換のため、老体に鞭打つため、重い腰をあげるのも

たまには良いかと、少し遠回りして裏山へ散歩に出かけました。

あまり通ったことのない細道を歩いていくと、暗紫色の

可愛い花が咲いているのを見つけました。記憶によれば、

これはレンテンローズ。私の好きなクリスマスローズ

仲間と言っても良いでしょうか。

 

クリスマスローズは文字通り、クリスマスの頃に咲きますが、

レンテンローズはレント(キリストの復活祭の前の四旬節)の

季節に咲くことから名付けられました。俗に、ひっくるめて、

クリスマスローズと呼ばれているようです。

 

花びらのように見えるのは萼(がく)で、中心部にある線状の

ものが花なのだとか。なかなかユニークな形状の花ですね。

クリスマスローズの花色(萼弁色)は白、レンテンローズは

赤紫、ピンク、白、緑色など、花色が豊富にあるようです。

 

ネットでレンテンローズの花言葉を調べると、「私の心を慰めて」。

古代ギリシアでは心の病の治療に使われ、根に精神安定の薬効が

あるとされていたそうです。そういえば、以前、植物博士の孫が

「根は有毒性だから気をつけてね」と言っていましたっけ。

 

「私の心を慰めて」と、うつむき加減にアピールする花たちが

いっそう、いじらしく、可憐に見えてきて、次の聖書のことばを

かけてあげたくなりました。

 

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる

祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知って

いただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、

あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

           ピリピ人への手紙 4章6―7節

オシム語録 「水を運ぶ人」

サッカー日本代表監督、イビチャ・オシムさんが、5月1日、

お亡くなりになりました。ふさわしい言葉が見つからないのですが、

得も言われぬ喪失感、寂寥感に包まれています。

 

監督としての手腕は言わずもがな、ちょっと天邪鬼にも聞こえる

けれど、ユーモアと機知に富んだ独特な言い回しが、サッカーファン

のみならず多くの人を惹きつけ、病で退かれた後も変わらぬ人気を

集めていたのでしょう。日本代表戦後のインタビューに真摯に答える

オシムさんの戦評を、毎回、心待ちにしていたので、それがもう

叶わないのは残念でなりません。

 

オシムさんのことを哲学者とか心理学者とか評する人もいますが、

それほどオシムさんの言葉には、経験に裏打ちされた深い洞察力、

あふれる知恵と知識が詰め込まれていました。オシム語録といった

本が何冊も出版されていることからも明らかです。会う人すべてに

影響を与えるサッカーの智将。日本サッカーの発展に大きく寄与した

功績は、いつまでも人の記憶にとどまるに違いありません。

 

オシム語録と言われるもののうちで、私が最も印象に残っているのは

「水を運ぶ人が必要だ」というフレーズです。通訳を務めていた

千田善さんの著書オシムの伝言』の中の一節を引用してみます。

 

オシム監督がよく使う表現に「水を運ぶ選手」というのがある。

ゴールを決めた選手ばかりに注目するのではなく、目立たないが

大事なサポートをする「汗かき役」あるいは「汚れ役」の選手を評価

する時に使う。‥‥サッカーでは「水を運ぶ選手」ばかり集めても

つまらない。「水を運ぶ選手」と「エレガントな選手」をうまく

組み合わせて初めて、良いチームができる。‥‥いつもクールで、

クレバーで、正確なテクニックで効果的なプレーができる――それが

サッカーにおける「エレガント」ということだ。

‥‥「おいしい水でなければならない。泉からわいたばかりの、

冷たい水だ。日本にもワサビを栽培する泉があるだろう。ああいう

ところの水だ」

千田さんはこうまとめています。

結局、オシムさんの言いたかったことは、次のようなことだったの

かもしれない。「冷たくておいしい水をたくさん、エレガントに運べ!」

 

海外サッカーの模倣ではない、日本サッカーの「日本化」を掲げ、

世界基準を目指しつつも、日本人の長所をチームに落とし込む。

このテーゼがあってこそ、今の日本サッカーの地位が確立したと

言っても良いのではないでしょうか。

 

ふり返れば、私がサッカーを見始めるきっかけを作ってくれたのは

オシムさんだったのかもしれません。夫が「中央大出身の良い選手が

いる」と教えてくれたのが、当時、川崎フロンターレでプレーしていた

中村憲剛選手。オシムさんが、その憲剛選手の才能を見出し、日本代表に

抜擢。それ以来サッカーの面白さにに嵌り、現在に至るというわけです。

 

中村憲剛さんの引退セレモニーでは、オシムさんの近影がメッセージと

共に映し出されました。「憲剛は日本サッカー界の至宝」というような

称賛の言葉を贈っていたと思います。きっと憲剛さんはオシムさんに

とって、おいしい水を運ぶエレガントな選手の一人だったのでしょうね。

 

サッカーというスポーツの枠だけでなく、人生のあらゆる局面に

向き合うためのヒントを与えてくださったオシムさんに、心から感謝を

申し上げたいと思います。オシムさん、どうぞ安らかに‥。

北の果ての海に聞こえる[岩尾別旅情」

4月23日、北海道知床半島沖で小型観光船が消息を絶ちました。

26日現在、乗船していた半数以上の方が、まだ発見されていません。

この時期の北の海の水温を考える時、状況はいかに厳しいものかが

わかります。どうか全知の神さまが、この苦境の只中におられる

方々と共にいてくださり、支え、力づけてくださいますように‥。

 

今、私の心の中は、一つの歌がこだましています。

学生の頃、歌声喫茶で覚えた「岩尾別旅情」という歌です。

作詞・作曲は、さとう宗幸さん。さとうさんとは面識はありませんが、

大学の同期生です。大ヒットした[青葉城恋唄]は、もちろんですが、

この「岩尾別旅情」も、地味に歌い継がれている素晴らしい歌です。

 

15年前、北海道旅行をした時、ちょうど同じように、ウトロから

知床半島の沖へ出る船の中で「岩尾別旅情」が流れてきました。

聴き覚えのある、懐かしい歌詞とメロディに、心が震えるほど

感動したのを思い出します。紺碧の海は荒々しく、悠々と、自然界を

支配しているかのようでした。

 

今、この曲を取り上げるのは、失意の中で不安と焦燥を覚える関係者に

とって、気持ちに障る、デリカシーを欠いたものになるのでは‥という

ためらいもありましたが、あえてアップすることにしました。

皆さまが心を合わせ、歌詞を読み、映像を心に写しながら、北の果ての

海に心を向けてみてくださいますように。お祈りいたします。

 

(7) 岩尾別旅情(知床) さとう宗幸N190已無2作版 - YouTube

 

水先案内人。 泡の役割 .。o○

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カード作りは趣味の一つです。

大きなキャンバスに向かって描くのは心地よいものですが、

はがきサイズの小宇宙に一心に向き合う時間も大好きです。

パステル画を始めて日が浅いので、どう描けば効果的なのか

いろいろ試しているのですが、なかなか奥が深い。

初心者の身で小細工をするなど邪道の極みと思いつつも、

楽しいから、まあいいかと‥、勝手にアレンジしています。

 

最寄り駅の近くに、カード作りに最適なシールやスタンプ、

マスキングテープ、パンチなどを店頭に置き、超安価で

提供してくれている写真屋さんがあります。出かけた帰りに

寄っては、ちょこちょこ買い揃えた品々が、箱にいっぱい。

その宝の箱からピックアップして、たった一枚だけのカードを

作っています。上の写真もその一枚。出来立てホヤホヤです(^^ゞ

 

そして、以前、このブログのランキングバナー用に作った

カードがこれ。

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どちらも背景をパステルで塗り、泡の部分を消しゴムで白抜き

してから、花がプリントされた厚紙シールに色を塗り足して、

貼り付けてみました。泡々が良い引き立て役になっています。

 

長い時間、暗い海底に潜っていると五感を失い、方向感覚が

なくなることがあるのだとか。そんな時、上っていく泡について

行くなら、海面に浮かび上がるという話を聞いたことがあります。

泡が水先案内人の役割をしてくれるとは、何とロマンティックな

話でしょう。

 

そんなこんなの泡効果。カード作りにも期待して、あと何枚か

作ってみようかと思っています。

ネモフィラの魅力 ~可憐さと逞しさと~

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ここ数年、ネモフィラという小さくて可愛い花が人気を集めて

います。よくテレビで紹介される、国営ひたち海浜公園に群生する

ネモフィラは、まさに圧巻のブルーの絨毯。青空と一体化した壮麗な

光景には、うっとり、ため息が出るほどです。

 

調べてみるとネモフィラは、もともと北アメリカ原産の花。

後々、ヨーロッパに渡った際に、どんどん根づいていったそうです。

その清楚で愛らしい姿かたちから、花言葉は「可憐」。一方、

日当たりと水はけが良いところなら、どこでも根付くという

その逞しさから、「どこでも成功」とも言われるのだとか。

ミスマッチのようであって、なるほど納得の花言葉ですね。

 

英語ではネモフィラのことをBaby blue eyesと言うそうですが、

“赤ちゃんの青い瞳”とはよく言ったものだと感心します。

花の中心の白い部分が、赤ちゃんの澄んだ目のようであると…。

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  ムラサキハナナ(諸葛菜)の間から顔をのぞかせるネモフィラ

サイズは違うけれども、何となく雑草のオオイヌノフグリにも

似ているかなと思っていたら、なんと和名はどちらも“瑠璃唐草”

と言うそうです。ただ名前は同じでも別の花同士とは、花の世界も

なかなか面白いものです。

 

昔、横浜のデパートで久保田一竹さんの染物 “一竹辻が花” の

展示を見たことがありました。豪奢な総絞りの着物の模様の中に、

ところどころピカッと星のように光る小さな花の刺繍が施され、

宝石を縫い込んだのかなと思えるほど、ハッとさせられました。

小さく可憐であっても、人の目を惹く、人の目をそらさない、

インパクトがある花。ネモフィラの中にも、それに通じる

魅力、可憐さと力強さがあるような、ふとそんな思いがよぎる

今朝のマイガーデンでした。

 

 

 

蘖(ひこばえ)に見る儚さと力強さ

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今年も桜が満開の季節になりました。

絢爛な装いが、一時、コロナの憂さを忘れさせてくれます。

 

毎週木曜日、聖書を読む会という集会があります。

先日、用いているテキストの中に“ひこばえ”という言葉が

出てきました。さすがに年配の方々は“ひこばえ”を知る人が

多かったのですが、司会進行をする牧師さんを初め、若い世代には

馴染みのない言葉だったようです。

それで、ちょっと知ったかぶりをして、このように説明しました。

「桜など、木の切り株や、幹の根元に生える新芽のことですよ」と。

 

聖書によっては、訳に多少の違いがあります。たとえば‥。

私が通う教会で使う新改訳2017では、

わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」

              (ヨハネの黙示録22章16節)

これはイエスさまが言われた言葉です。

新共同訳では、「わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、‥‥。」

口語訳では「わたしはダビデの若枝‥」と訳されています。

 

伐採された切り株や、本幹ではない根元に生える新芽は、あまり

価値あるものではないかもしれません。そんな切り株からでも

新芽が生まれ、木の生命力を呼び起こし、生い茂って、輝かしい

元の栄光を取り戻すと、イエスさまが言われるのです。

 

根、ひこばえ、若枝。

つい見過ごしてしまいがちな、目立たないものですが、じっと目を

凝らすと、確かに新しい命の息吹を感じ取ることができます。

 

ちょうどウォーキング中の夫が“ひこばえ”の写メールを送ってくれ

たので、牧師さんにも添付して送ったところ、こんな感想を寄せて

くださいました。

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「写真を見て、さらに理解できました。見栄えを考えると、

切り落とされてしまうような儚い部分でありながら、なにか、

力強い美しさもありますね」と。

 

本当にその通りですね。地味な“ひこばえ”にスポットライトが

照らされる。まさに、イエスさまの生涯を象徴するようです。

祈ろう。苦難の中にいる人のために。

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3月16日の深夜、福島県沖を震源とする震度6強の地震が発生しました。

奇しくも11年前の3.11と同じ時期。悪夢再びかと、誰もが強い緊張に

包まれたことでしょう。

 

宮城県にある実家はタワーマンションの最上階、32階にあります。

停電でエレベーターが停止すれば、昇り降りに一苦労です。少し

離れた場所で店を営んでいるのですが、床には陳列棚から落下した

商品の山・山・山‥。兄嫁は32階までの昇降と店の片付けで、

疲労困憊の様子でしたが、電話での嘆き節の中に、ああ、過去の

経験が生かされている‥と感じられたのが僅かな救いでした。

 

少なからず被害はあったものの、実家は立て直し可能のケース

と言えます。もっともっと甚大な被害に遭い、先の見通しが

立たない多くの方々の痛み苦しみは、どれほどのものでしょう。

コロナ禍に、追い打ちをかけるような試練。そんな逆境の中に

あっても、心を強く保って、空を仰ぎ、前を見据えて、新たな

一歩を踏みだすことができますように‥。

 

サトウハチロウに師事した若谷和子さんという女流詩人の詩。

試練のさなかに歌った詩集「母ときた道」から、「はなみずき」

という詩を紹介します。

 

  はなみずき

 

 はなみずきの つぼみが

 何千本もの 編棒になって

 ツクン ツクン

 凍てついた

 時の目をひろっています

 

 北風 雪

 霙(みぞれ) あるいは

 冷たさの底の

 星の銀(しろがね)

 

 耐えて耐えて

 

 やがて

 この編棒からうまれる

 やわらかな

 ももいろの春のあたたかさを

 

 そのはなあかりを 思うと

 胸が

 ほっとほぐれます

 

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 絶対絶命のその時、光を仰ぐ人がいる。

 闇へ落ちる人がいる。

 祈ろう。苦難の中にいる人のために。

 

    若谷和子著「母ときた道」(いのちのことば社

 

私も祈ります。

疫病、自然災害、戦争‥に苦しむ方々のために。