シャロンの薔薇

聖書から学んだこと・日々の出来事・ハンドメイド

ノブリス・オブリージュ、位高ければ徳高きを要す


  今年7月、郷里仙台で兄の七回忌法要が執り行われます。

兄と最後に会ったのは亡くなる前年の秋。仙台の施設に入所中の

兄を訪ね、1時間ほど談笑した時のことでした。

 兄は若い頃、製薬会社に勤務しており、都内の病院の医療従事者

とも少なからず接点があったようです。その時代の面白エピソードが、

兄との最後の会話だったことが、懐かしくよみがえります。

 

 ここにお名前を上げることはしませんが、テレビのCMなどでも

大変有名なお医者さま。まだ研修医だったその方と兄は気が合い、

少し年長の兄が相談役になることもあったそうです。若かりし兄の

仕事の一端を知る、良い機会でもありました。

 

 その方は医師としての技術、名声、経済力を兼ね備え、知る人ぞ

知る高名なお医者さまになりました。本職は元より被災地への

義援活動や、無償の社会貢献活動を、今も幅広く手がけておられます。

その生き方や活動には、賛否いろいろの意見も散見しますが、こういう

活動は、正直、誰もができることではないでしょう。

 

 最近、ノブリス・オブリージュという言葉を覚えましたが、これは

19世紀にフランスで生まれた合成語で、noblesse(貴族)とobliger

(義務を負わせる)をかけ合わせた言葉のようです。その意味は、

「裕福な人、権力のある人、身分の高い人ほど、社会に手本を示す

べきである」「高い地位にある人は、それにふさわしい高貴な精神を

備え持つ責任と義務が伴う」というもの。

 なるほど。「位高ければ、徳高きを要す」というわけですね。

 

 ノブリス・オブリージュから、次のような聖書の言葉が浮かびます。

 

   多く与えられた者は、みな、多くを求められ、

   多くを任された者は、さらに多くを要求されます。

              ルカの福音書 12章48節

 

 さらに、行き着くところは聖書のGolden Rule(黄金律)と言われる

言葉にも結びつくのではないでしょうか。

 

   からしてもらいたいことは何でも、

   あなたがたも同じように人にしなさい。

              マタイの福音書7章12節

 

 富も名誉も力も、無い無い尽くしの貧しい私ではありますが、

たとえ僅かな持ち物であっても、それを社会にお返しする心意気だけは

持っていたい。そんな思いが湧いてきます。