シャロンの薔薇

聖書から学んだこと・日々の出来事・ハンドメイド

「横に置く」という考え方

 
若い頃、詩というジャンルが苦手でした。
同じように絵画に対しても苦手意識がありました。
誰が見ても理解できる作品には共感もし、それなりの感想も
言えるのですが、それが抽象的な作品だったりすると、
作者の意図は?主題は?と、とたんに靄に包まれた気分に
なるのです。ちっとも分からない、あー、やっぱり駄目だなと。
まあこんなふうに、敬遠とまではいかなくても、詩も絵画も
遠巻きに眺めるだけのものだった気がします。
 
ある時、美大を出た友人に、「感じたままでいいのよ!」と、
これ以上ない単純な絵画鑑賞の極意を教えてもらい、
靄ならぬウロコが目から落ちました。それ以来、絵画だけで
なく、何事にも自分のファースト・インプレッションを大事に
するようになりました。
 
それは聖書の読み方にも通ずるものがあります。
聖書は一貫した書物というけれど、一人で読んでいると
矛盾や疑問が次々湧いて来て、分からないことばかりです。
でも、今は理解できないけれど、いつか神さまが分かるように
してくださる。その時を信じて待とうという、いったん「横に置く」
ものの見方、考え方を、イエスの母マリアが教えてくれます。
天使による受胎告知を、信仰によって受け入れた場面です。
 
生きている限り、誰しも思いがけないことや、不条理なことが
身に起こりますが、それら一つ一つの出来事の中にも意味が
あり、すべて相、働いて益となる。それを信じることのできる
幸いな人生を選びとっていきたいと思います。
 
※写真
インフルエンザ流行の季節、ティートリーをアロマポットに
入れ、空気清浄をしています。