アンデルセンの童話作家としての地位を不動のものとした作品は
『人魚姫』と言っても良いかもしれません。
ある日、嵐の海で遭難しかけている王子様を助けた人魚姫。
人魚姫は人間の王子様のことを忘れることができず、
魔女に頼んで尾ひれを人間の足に変える薬を塗ってもらいます。
魔女の要求する代償は人魚姫の美しい声でした。
憧れの王子様のそばで暮らせるようになりましたが、
魔女に舌を抜かれた人魚姫は、自分が王子様の命を救ったことを
告げることができません。人魚姫を妹のように愛する王子様でしたが、
人魚姫の心の内を知らない王子様は隣の国の王女様と結婚してしまいます。
王子様と結婚できない時は、海の藻屑となって死ぬ定めの人魚姫。
人魚のお姉さんたちは妹を助けるために、美しい髪を代償に魔女から
人魚に戻るための短剣をもらいます。
王子様の心臓を短剣で突き、その血潮が足に触れれば元の人魚に戻れるのです。
人魚姫はどうしたでしょうか?
一度は短剣を振り上げましたが、どうしても愛する王子様の心臓を
刺すことはできませんでした。
短剣と共に海に身を投じ、海の泡と化してしまいます。
しかし、人魚姫の真心は神様の‘みこころ’にかない、天使たちによって
海の泡の中から天に引き上げられ、永遠のいのちへと入れられたのでした。
この人魚姫の冒頭が実に美しく、印象的です。
立原えりかさんは、この書き出しの文章に魅かれて童話作家になったのだとか。
「海をはるか沖へ出ますと、水は一番美しいヤグルマソウの花びらのように青く、
このうえなく澄んだガラスのように澄んでいます。……このような深い海の底に、
人魚たちは住んでいるのです』(『アンデルセン童話集I』/岩波文庫)
今、わが家のベランダに矢車草が咲きそろっています。
人魚たちの住むサファイア・ブルーの海の色をして、優雅に風にそよぐさまに
心いやされています。