
GWは特に何をするでもなく、読書などをして過ごしていました。
だいぶ昔に買った本、『神谷美恵子の世界』(みすず書房)を今、読み返して
います。神谷さんは、愛読書『「ハリール・ジブラーンの詩」の訳詞者と
しても著名な方ですが、精神医学者、教育者としても社会に貢献した大変に
有能な、素敵な女性だったようです。
神谷さんは上皇后陛下 美智子様の相談役だったことでもよく知られて
います。初めて民間から皇室へ入られた美智子様ですが、皇族方の民間人
へのわだかまりは根強く、美智子様は心を病まれるほど追い詰められ、深い
苦悩の中に身を置かれていたようです。その時に相談役として抜擢された
のが神谷さんでした。 美智子様の苦しみは心で語り合える人がいない
“孤独”から来ていることを知り、ご関心の深い分野の話題について気楽に
話し合いをなさったとのこと。意気投合という言葉がありますが、お互いに
“心の友”と呼び合う関係性を築かれたことは、どれだけ美智子様の救いとなり、
苦境を乗り越える力となったことでしょうか。
上述のように神谷さんは詩の翻訳もされていますが、ご自身も素晴らしい
詩を残されています。医大生だった頃、岡山にあるハンセン病の国立療養所、
長島愛生園に滞在中に作られた「癩者(らいしゃ)に」という詩があります。
当時、不治の病とされていたハンセン病患者を目の当たりにした時の、心に
受けた衝撃そのままを綴った一編の詩。そこには息を呑むような厳粛な時間の
流れを感じ取れます。
「癩者(らいしゃ)に」 1943年・夏
光りうしないたる 眼(まなこ)うつろに
肢(あし)うしないたる 体 担(にな)われて
診察台(だい)にどさりと載せられたる癩者よ、
私はあなたの前に首(こうべ)を垂れる。
あなたは黙っている。
かすかに微笑(ほほえ)んでさえいる。
ああしかし、その沈黙は、微笑みは
長い戦いの後にかち得られたるものだ。
運命とすれすれに生きているあなたよ、
のがれようとて放さぬその鉄の手に
朝も昼も夜もつかまえられて、
十年、二十年と生きて来たあなたよ。
何故私たちでなくてあなたが?
あなたは代って下さったのだ、
代って人としてあらゆるものを奪われ、
地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ。
許して下さい、癩者よ。
浅く、かろく、生の海の面に浮かび漂うて、
そこはかとなく神だの霊魂だのと
きこえよき言葉あやつる私たちを。
かく心に叫びて首(こうべ)たるれば、
あなたはただ黙っている。
そして傷ましくも歪められたる顔に、
かすかなる微笑みさえ浮かべている。
もしかしたら、そこに横たわっているのは私だったかもしれない。
あなたが私の代わりになってくれたのかもしれない。
そんな崇高な感受性を、人は持ち得るのだという驚きと共に、人類の
究極の身代わりとなってくださったイエス・キリストの十字架上の姿が
重なります。