シャロンの薔薇

聖書から学んだこと・日々の出来事・ハンドメイド

分別力、識別力を育てよう

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はてなブログへの引っ越しを機に、週一ほどの頻度で

ブログを更新したいと思っていましたが、思いに反して

アップデートが滞っている昨今です。←反省(-_-;)

 

パソコン日誌の類いを書き始めたのは2006年のこと。

別サイトでしたが、状況が許す限り、ほぼ毎日綴っていました。

日課にすると意外に続くものなのだと、自分でもびっくりするほど

書くことが習慣になっていました。その後、二つのブログを開設。

カテゴリーを使い分けて、ほそぼそと書いていましたが、昨年、

それを一本化し、現在に至っています。

 

スローペースでも14年も綴れば、持ちネタも底を尽きます。

つい、前に書いたことを忘れ、同じ内容を取り上げたり、

時には同じテーマで焼き直したりと、やや管理が手薄になって

いる感が否めません。せっかくの専用ブログですので、過去記事を

見直しつつ、新しい視点で綴っていくことを心がけたいものです。

 

さて、長い前置きになりましたが‥。

今日はアメリカの神学者、ラインホルト・ニーバーが唱えたと

される「ニーバーの祈り」(大木英夫訳)について――。

 

 神よ、

 変えることのできるものについて、

 それを変えるだけの勇気を われらに与えたまえ。

 変えることのできないものについては、

 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

 そして、

 変えることのできるものと、変えることのできないものとを

 識別する知恵を与え給え。

 

 

有名な祈りなので、クリスチャンでない人も知っているかも

しれません。できれば、ひとこと、ひとこと声に出して味わって

ほしい祈りのことばです。味わうほどに、不変の真理だという

ことが心に浸透してくると思います。

 

変えられるはずなのに、その勇気がない。

変えられないことなのに、心を乱し、もがき苦しむ。

悲しいかな、人間とはそういうものなのですね。

だからこそ、心のモヤモヤを整理するためには、何が正しくて

何が最善で、何を選択すべきかを見分ける力が求められます。

冷静さ、分別力、識別力とも言い換えられるでしょうか。

 

連日くり返されるコロナ関連の報道にも、いたずらに惑わされない

心の落ち着きを持ち合わせたいものですね。